病院の取り組み

理念

当院は1966年、故水野昭平先生、愛子先生によって創業された。その後い くつもの関連施設を擁する総合病院に発展し、今日では足立区の中核的総合病院として自他ともに認める存在となっている。水野先生は「誠実」という言葉が ピッタリのお人柄で、患者の立場にたった医療に生涯を捧げられた。 先生の精神は病院のいたるところに根付いているが、普段から機会あるごとにおっしゃっておられた水野記念病院の理念を要約すると以下のようになる。

  1. 病院は患者さんの為にある。水野記念病院は患者さんの悩み苦しみを共有し、奉仕する病院である。患者さんの安全を第1に考えながら、常に高い技術的学問的レベルを追究し、近隣に限らず遠方からでも患者さんが訪れたくなる病院をめざす。
  2. 職員は病院の財産である。全員が協調性を重んじながら真剣にそして楽しく仕事をする。病院は優れた人材の育成、確保に努め、職員一人一人を守り大切にしてゆく。
  3. 健全な病院経営を目指す。患者さんを守る為には安定した事業運営が不可欠である。安全な医療環境を整えつつ、必要なところには適切な投資を行い、強固な財政基盤の構築をめざす。
    水野記念病院の理念を高く掲げ、私は全職員とともに病院の発展に全力を注いでゆくつもりである。

水野記念病院のめざすもの

「水野記念病院の職員であることに誇りを持てるような病院」を創り上げよう。「私は水野記念病院の職員です」と胸を張って言えるような病院を、である。その為には、それだけの実力を蓄え、地域の人々はもちろん広く国民にその仕事を評価されなければならない。
いずれの病院もそれぞれの役割がある。地域に貢献する病院、難病治療に挑戦する病院、救急医療に特化する病院などいろいろあるが、これはその病院の成り立ちや歴史の中で決まってくる。どのような役割をする病院が優れているか、という比較はできないが、同じ役割をする病院どうしに優劣をつけることは可能である。水野記念病院は水野先生によって創業され、 地域医療を中心として歩みその規模を拡大してきた。特に手術、検査、リハビリなど、医療技術を中心に発展してきた病院である。その過程でいくつかの手術を中心とした専門医療もおこなうようになってきている。一言でいえば、「医療技術を主体とし、地域医療ならびにいくつかの専門領域を有する特色のある病院」ということができる。このような病院は東京都さらには日本全体ではたくさんあると思われるが、われわれはその中で最も優れた病院になることをめざそう。その為には、水野記念病院はこれまでの量的規模の拡大にとどまらず、質的内容の向上へと向かわなくてはならない。
「地域医療を中心としながらもいくつかの専門領域を有する特色のある病院」として水野記念病院が最も評価される立場に立つためには、まず第1に、地域の人々の病気の予防と治療の中核となり、その実績を積む必要がある。第2に重要なことは、各診療科が1つ或いは複数の得意とする専門領域を持つことである。この分野のこのような病気については他の医療機関に勝るとも劣らないという専門治療学である。こうした専門分野の発展の為には、技術を駆使した医療の質を高めることが不可欠である。 このことによって、地域の枠を超えて東京都全域、さらには日本全国から患者が訪れることを目指そう。これが水野記念病院の誇りであり、地域の人々の誇りとも成り得る。医療の質的向上を達成することにより、複数の専門領域の診療において東京都で一番になる、ということを今後10年以内に達成しよう。さらに20年以内には我が国トップに立てるようにしよう。これは実現可能な夢であって、決して空想や妄想ではない。 皆が「水野記念病院の職員であることに誇りを持てるような病院」を創り上げようという気持ちを持ち、基本方針を理解しこれを必ずやり遂げるのだ、と決意すれば必ず達成できる目標である。

我が国の医療を取り巻く現状

今日の我国では、少子高齢化ならびに慢性疾患を中心とした疾病構造の変化に伴い、医療需要が多様化している。診断学ならびに治療学の進歩によりこれまで治療が不可能とされてきた疾患の多くが、改善さらには完治させることまでも可能となってきた。 しかし、これらの疾患の治療にあたってはいずれも高度の専門性を必要とするものであり、今後はこうした難しい疾患の治療にたいする国民の期待はますます高まってくることはまちがいない。国民の健康にたいする関心の高まりによって、医療ニーズは量的にも質的にも大きく変化してきている。そして高度専門化した医療の発展にともなって、国民総医療費は急激に増加している。 この削減は大きな課題であり、実際に病院の主な収入源である診療報酬は全体として低下の方向にむかっているのが現状である。
一方、疾病構造やそれを取り巻く環境の変化だけでなく、医師と患者の関係も大きく変わってきた。昔であれば医療機関の方が患者より優位な立場にあり、 患者は医療提供側の言うなりになる、というのが現実であった。しかし今日では患者が自分で医療機関を選ぶことができる時代、つまり患者が優位に立つ時代になったのである。 たとえば、昔は、「治療を受けさせていただく」ために来院したのであるが、情報があふれる現在では、患者様は自分で病院を調べ、最も良いと思われる病院を自分で選んで来院するのである。病院を紹介する情報が豊かになり、交通手段がますます発達し、遠方の病院を訪れ滞在することも以前のように難しくなくなって いる。患者にしてみれば、 じっくりと良い病院、医者を探し、本当に自分が納得した医療機関において安全で質の高い治療を受けることを希望しているわけであるが、この傾向が今後 ますます大きくなることは間違いない。
こうした患者様が優位という状況は病院・医師にとっては一般的には歓迎すべき事態ではないかもしれない。診療報酬が低下に向かっている状況のもとで病院・医師側が、質の高い良い医療を提供する努力を怠ればたちまち患者が減少し経営基盤が危うくなってしまうからである。 病院の経営基盤が貧弱であると、どのような理想を掲げてもその実践は難しい。たとえば水野記念病院の財政状態が貧しいために職員数が減少し、種々の医療機器もなかったと仮定してみよう。現在行っているいくつかの専門医療はもちろんのこと、地域医療でも満足にできずに我々は様々な場面で悔しい思いをしているに違いない。 安全で優れた医療とは財政的裏づけがあって初めて可能となるのである。理想を現実化するためには、自分達の医療行為が病院経営とどのように関係しているかを常に考えてゆく必要がある。一般のビジネスにおいては利益を上げようと思えば、生産・流通過程を効率化し商品の値段を下げるか、技術革新により同じ値段 で質の高いものを売るか、この2つしかない。 私達は医療サービスを提供しているが、保険制度によりサービスの値段ははじめから決められている。したがって、病院の発展を考えれば、より安全で、質の高い医療を提供して患者数を増やすしか生きる道はない。
水野記念病院は50年間にわたり、地域住民のニーズに答えながら手術などの技術を原動力に発展してきた病院である。したがって、地域の人々にはその知名度が浸透しており、なんらかの病気にかかったならば、まず水野記念病院へ、という思いは住民のなかに刷り込まれている。また、多様化したニーズに適切に対応し地域医療を推進する過程で、いくつかの専門的な得意分野も有するようになってきた。 地域医療の本質を理解しこれをさらに深く掘り下げてゆけば、地域医療と深くかかわった専門領域が生まれてゆくのは当然である。現在の水野記念病院は、地域 住民の要求にこたえる病院でありながら、地域の枠を超えたいくつかの専門分野を得意とする特色のある病院でもある。専門分野をいくつか持っている、ということは言い換えれば、他病院と競合しない分野をいくつかもっているということでもある。 たとえば、ボトックス治療、手の外科、脊椎内視鏡、リウマチに対する人工関節手術、小児整形外科などは近隣の病院はもちろん、東京都の中でもそれほど盛ん に行われているわけではない。そして、他の医療施設がこうした分野に新たに参入してくるのは容易なことではない。したがって、こうした特殊疾患を有した患者が他病院を訪れても、病院経営戦略の立場から専門病院へ送った方が有利と判断する状況が生まれつつある。 このように専門領域を持つということによって私達の病院は近在の病院とは競合ではなく、お互いに協力しあえる関係が生まれてゆくのである。もっとも、同じ 疾患領域を扱う優れた病院が登場した場合にはたちまち強力な競走相手になることを覚悟しなければならない。このようなことを鑑みれば、技術を磨き、安全に心をくばり、医療の質を高めるような不断の努力が必要である。
以上のように考えると、今後の水野記念病院は、これまでの歴史・伝統を踏まえ、地域に根差した予防医学、技術による治療医学を実践する病院、そして特色のあるいくつかの専門領域を有する病院として更なる発展をめざす必要がある。